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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)17号 判決

原告 吉田浅次郎

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、特許庁が同庁昭和二十七年抗告審判第六七一号事件につき昭和二十九年三月八日にした審決を取り消すとの判決を求め、その請求原因として、

(一)  原告は昭和二十六年八月三十一日に特許庁に対し、「超微粉を分離せる炭塵」なる発明につき特許出願をしたところ、昭和二十七年五月二十九日に拒絶査定を受けたので特許庁に対し抗告審判の請求をし、同事件は昭和二十七年抗告審判第六七一号事件として審理された上、昭和二十九年三月八日右抗告審判の請求は成り立たないとの審決がなされ、右審決書謄本は同月十七日原告に送達された。

右審決の理由の要旨は、原告の出願の要旨である「炭塵細粒の表膚に纏繞凝着している超微粉を吹掃払拭した炭塵」は特許第一二〇七九〇号、特許第一二七七二八号、及び特許第一七七一二一号の各発明の明細書に記載されているように、その出願前すでに公知のものであるというにある。

(二)  然しながら右は真実に反する事実の認定をした不当なものである。即ち、

本願発明にいわゆる「炭塵細粒の表膚に纏繞凝着している超微粉を吹掃払拭した炭塵」は之を蒐集することができず、又その効果が無いものとして特許局は勿論世間からも顧みられず、爾来十数年を経過し、審決引用の特許の発明者であり権利者である原告はただ一度の照会、問合せにも接したことが無く、その実施の予備調査又は研究をした者も無かつたのである。そして右引用特許第一二〇七九〇号微粒炭塵燃料製造法等の出願と同時に特許出願した「超微粉の附着を峻拒せしめて蒐集せる炭塵」なる発明につきその上告審なる大審院昭和十六年(オ)第四四九号事件に於て特許局は炭塵が給送器内における堆積高さに関せず一定量を流出するというが如きは不合理であるばかりでなく学理上之を認めることができないと主張し、審決が破毀され差戻後の審決に対する上告事件たる大審院昭和十八年(オ)第四四四号事件に於て特許局は更に炭塵は程度の差に於て超微粉を混ずるものと認める旨主張し、右上告は棄却された。従つて原告の発明に係る右審決の引用する特許第一二〇七九〇号及び第一二七七二八号の微粉炭塵燃料製造法による炭塵は右特許局の審決理由によつて本願発明の要旨を具備しないものと確認されたのである。又引用特許第一七七一二一号も他の右引用二特許の方法によつて処理した炭塵を使用することをその発明の明細書に指示しているから、右炭塵が前記の通り学理上之を認めることができず、又その効果が無いものと判断された以上、右特許第一七七一二一号の明細書の記載によつても本願発明の炭塵の構成、性能、作用及び効果を推知し難いのである。

本願発明は化学的方法に非ざる物理的の新規な方法によつて製出した「新規なる物」即ち「炭塵細粒の表膚に纏繞凝着している超微粉を吹掃払拭した炭塵」であつて、その原料として従来採算上使用に堪えないとして炭坑内外に委棄されてあるボタ交りの劣等粉炭を使用しても採算上有利に製出し得るのであり、従来の超微粉を程度の差に於て残存した炭塵では決してさせ得なかつた作用、即ち之を刻々の瞬時に於て均齊に定量宛流出させ、的確に適量の空気流と共に搬送して赤熱した瓦斯化炉内を流過させることによつて組成分均齊な工業用可燃瓦斯を用に臨みその所要量を確実に発生させ得るのであり、そしてこの発生瓦斯は耐火漉過壁の気孔を塞ぐべき超微粉灰燼を懸浮しないから、連続的長時間に亘つて之を漉過して無塵の状態で抽出し得る作用効果がある。

更にこの組成分一定で無塵の工業用可燃瓦斯は従来良質塊炭を使用しなければ発生し難いとされた工業用可燃瓦斯に代替使用することができ、又内燃等期発動機により熱効率四〇%で(従来の蒸気発電所の熱効率は二〇%)即ち同一供給熱量に対して二倍の電力を発生し、その排熱六〇%の大部分を蒸気として回収し(蒸気発電所ではその排熱八〇%の一部を煙突より空中に放散し、残部の六〇%は多量の微温湯となつて海中に放流される)、同一供給熱量の石炭をコルニシ汽罐等で燃焼して発生せしめ得る蒸気と同圧力同量の蒸気を発生させて、石炭を三倍に効用させ得るばかりでなく、前記のようにボタ交りの劣等炭をも採算上有利に使用し得ることは現在の炭坑の稼行方法を根底から変革して石炭の坑口原価千カロリー当りを半減し得る可能性がある。

而して本願発明の炭塵を蒐集し得る方法である特許第一九三八九四号が特許出願公告されるまでは炭塵は程度の差に於て超微粉を残存するものとして知られ、本願発明の「超微粉を吹掃払拭した炭塵」を蒐集し得ること並びにその性能、作用及び効果は知られなかつたのである。このように特許第一九三八九四号の方法によつてのみ製出し得る新規なる物即ち「炭塵細粒の表膚に纏繞凝着している超微粉を吹掃払拭した炭塵」は特許法第一条に該当し特許されるべきものである。

(三)  よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ、

と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実中(一)の事実を認める。

原告の審決に対する不服の理由を要約すると、

(一)  本件発明は化学的方法でない物理的の新規な方法で製出した新規な物である。

(二)  特許第一二〇七九〇号、同第一二七七二八号、同第一七七一二一号の各発明の明細書に記載された炭塵は超微粉を附着しているから本件発明の炭塵とは異なるものである。

(三)  本件発明の炭塵は従来の超微粉を程度の差に於て残存した炭塵では決してなし得なかつた作用効果を有するものである。

(四)  特許第一九三八七四号の発明が完成される以前は超微粉を吹掃払拭した炭塵は得られなかつた。

等であると解せられる。

然しながら以上の原告の主張は次の理由により失当である。即ち

本件発明の炭塵は化学的方法によらず物理的方法で得たものであることは相違ないが、物理的方法であれば如何なる方法でもよいことはその明細書の記載から見て明らかである。然るに物理的方法で炭塵に附着している超微粉を除くことは本件出願前周知なことであるから(この事は審決に記載された例によつても明らかである)、新規な方法とは言い得ない。又後述のように得られた炭塵自体も又決して新規な物とは言うことができないから「新規な方法によつて得た新規な物」であるとする原告の主張は成立し得ない。

次に審決の引用する前記特許第一二〇七九〇号、第一二七七二八号及び第一七七一二一号の各明細書には明らかに炭塵細粒の表膚に凝着している超微粉を吹掃払拭した炭塵を得ること及びその使用法が記載されてある。之に対して原告は之等の炭塵は原告主張の大審院判決により超微粉が程度の差に於て残存しているとされたのであるから、本件炭塵と異ると主張しているけれども、本件発明の炭塵はその製法が限定されていないばかりでなく、仮令実施例に挙げられた方法によつても炭塵細粒の表膚に凝着している超微粉を完全に吹掃払拭し得るものとは考えられず、必ず或る程度の超微粉が炭塵の表膚に附着されることは技術常識上明らかである。一方前記大審院判例に於ても特許第一二〇七九〇号及び第一二七七二八号の明細書所載の炭塵はいわゆる超微粉が程度の差に於て残存しているとされたのであつて、超微粉が少しも取られていないとしたのではない。従て右大審院判決に関係なく前記引用特許の明細書に記載された炭塵と本件発明の炭塵とは超微粉の附着量に多少の差異はあるとしても、「炭塵細粒の表膚に纏繞凝着している超微粉を吹掃払拭した炭塵」としては同一であり、本件発明の炭塵が新規のものでないことが明らかであるから、原告の右主張は失当である。

又前記特許第一二〇七九〇号及び第一二七七二八号の明細書記載の炭塵は微粉炭燃焼の燃料に使用されることはその明細書に記載されてあるのみならず、前記特許第一七七一二一号明細書にも記載されてあるところである。

従つて原告が本件発明の炭塵が有するとして挙げている作用効果を前記引用特許の炭塵も僅少の程度の差異はあるとしてもすべて同様に有していることが明らかであるから、特に本件発明の炭塵が新規な作用効果を有すると言う原告の主張は当を得たものでない。

故に本件発明の炭塵と同様な炭塵が本件特許出願前公知であつたことは明らかであり、その作用効果も同程度のものと認められるから、審決が本件特許出願を排斥したのは正当であつて、原告の本訴請求は失当である。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。

成立に争のない甲第四号証の一、二(本件特許願の訂正明細書及び図面)によれば、原告の本件発明の要旨は、炭塵細粒の表膚に纏繞凝着している超微粉を吹掃払拭した炭塵に存するものと認めることができる。

右訂正明細書(甲第四号証の一)の特許請求の範囲の項に本件炭塵は右明細書本文及び図面に例示する如き方法によつて得られたものであると言う趣旨の記載が存し、原告は右方法は特許第一九三八九四号として特許されたものであり本件発明はこの方法によつてのみ得られるものであると主張するけれども、右甲第四号証の一、二によつても右炭塵取得の方法として右明細書本文及び図面に記載されたものは飽く迄例示的のものに過ぎず、本件発明を之に限定する趣旨とは解することができないばかりでなく、特許第一九三八九四号の方法と右例示方法とが同一のものであること及び本件発明が右特許発明の方法のみによつて得られるものであることを認めるに足る証拠はない。

次に審決の引用する昭和十二年七月七日特許局発行の特許第一二〇七九〇号明細書なる成立に争のない乙第一号証には「発明ノ性質及目的ノ要領」の項に於て「纏繞スル超微粉ヲ除去シ分離胴内ニ析出沈降セル炭塵」と記載され、又「発明ノ詳細ナル説明」の項に於て「公知ノエアセパレーターニヨリテ上部ニ流通スル空気流ト共ニ搬出セラルル程度ニ微細ナル炭塵ヲ空気中ニ浮游セシメタル混炭空気ヲ第一図ニ一例ヲ示ス如キ強力ナル軸気装置ヲ具フル遠心分離胴(4)内ニ導キテ其中ニ旋回スル旋車(2)内ニ開口スル嘴口(1)ヨリ噴出セシメ分離胴(4)ノ下部ニ設ケタル切線裂目(5)ヨリ進入セル多量ノ空気ト共ニ旋車(2)ノ動翅面及分離胴(4)ノ内周其ノ他ニ於テ高速輾転跳躍セシメテ該微細ナル炭塵各箇ノ圭角ヲ鎖磨シ併セテ其表面ニ纏繞凝着スル超微粉ヲ滌除シツツ遠心分離析出セシメ該滌除セラレタル超微粉ヲ浮游セル空気ヲ抽斗口(10)ヲ経テ扇車(11)(12)ニヨリ抽出シテ沈降室内ニ圧入シ超微粉ヲ捕捉スヘキ漉嚢ヲ潜リテ無塵空気ヲ放出セシメ分離胴(4)内ニ析出沈降シテ分離胴(4)ノ下部ニ設ケタル切線裂目(5)ヨリ進入スル旋回空気流ニヨリテ更ニ清洗セラレタル微粉炭塵燃料ヲ溜(6)内ニ流下セシム」と記載されてあり、之等の記載を綜合すれば右特許の「発明ノ性質及目的ノ要領」にいわゆる前記「分離胴内ニ析出沈降セル炭塵」は微細なる炭塵の表面に纏繞凝着している超微粉を除去した炭塵に外ならないものと言わなければならない。

よつて本件発明を右引用特許第一二〇七九〇号明細書記載のものと対比するに、本件発明の目的物なる炭塵細粒の表膚に纏繞凝着している超微粉を吹掃払拭した炭塵は右引用特許の微細な炭塵の表面に纏繞凝着している超微粉を除去した炭塵と、その取得方法は別として、炭塵そのものは同一のものであり、本件特許出願前たる昭和十二年三月二十六日に前記の通り右引用特許の出願公告がなされた以上、本件特許はその出願前公知のものであつて従つて何等新規性のないものと認めざるを得ない。

尚原告は審決引用の特許発明によつて得られる炭塵は未だ程度の差に於て超微粉を残存し、本件発明のそれとは相違すると主張しているけれども、本件発明の炭塵でもその取得方法の例としてその明細書及び図面に記載されたところによつては、原告の主張するような全然超微粉を残存しない炭塵が得られるとは認め難い。

然らば本件発明が上記の通り出願前公知のものであつて新規なものとすることを得ない以上右出願を排斥した審決は正当であつて、その取消を求める原告の請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

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